黄昏

移動スーパーの食べ物には毒が入っていて、食べ続けると頭がおかしくなってしまう。彼女がこんな事を言い出したときに、笑い飛ばしてあげればよかったんだ。経口摂取する毒よりも、思い込みの方がよっぽど強力なんだと、今になって気づいても遅かったのかな。

「あの霧を抜けた先に、██の直販所があるの」

彼女によれば、██は解毒に最高の食べ物らしい。少し前に、どうして██で解毒できるのか講義されたことがあったっけ。どんな内容だったかは、全て忘れちゃったけれど。そんな██を、これから直接買いに行く。憎きスーパーからではなく直接。澄んだ瞳で霧の先を指差す彼女が愛おしくて、けれど、少し悲しい。

霧を越える準備を終えた頃には、太陽が居眠りする準備を始めていた。

霧の先には万病に効く泉があるだとか、霧の先はゴロツキ達で溢れているだとか。たくさんの噂があるけれど、本当はどうなっているのか誰も知らない。そんな場所に、今から入ろうとしている。


辿り付いた場所は、「所」と呼ぶにはあまりにも質素な場所だった。

白いアスファルトで舗装された階段の踊り場ほどの土地に、お手製の棚と賽銭箱が置かれている。██が数袋だけ棚に置かれていて、それ以外は何もない。

「██があるし、間違いじゃなかったみたいね」

水平線の向こう側に漬かりそうな太陽の紅い光だけが、この場所を照らしている。光に照らされた██は、熟しきった柘榴のように紅い瞳で、じっと私達を見つめていた。


「ここ、学園の生徒さんが殺された場所じゃない。殺された娘さん、カワエだったらしいわね。だから殺されちゃうのよぉ」

右を向けば海、左を向けば山。寂れきったこの場所にも、様々な物語があるらしい。

「事情にお詳しいんですね。私にはよく分からないなぁ」

「でしょう。あなたももっと、世の中を知るべきよ」

厭みったらしい言葉も、このおばさんには賞賛にしか聞こえないようだ。

まあ、いい。目的地はまだ先だ。こんな話ですら、眠気覚ましとして役に立つ。今日中に目的地へ到着できればいいが、間に合うのだろうか。