「また夢に近づいたんですね。遠くに行っちゃうのは寂しいけれど、嬉しいです」
帰りの電車、二人だけの密室で、あなたが語りかけてくる。確かに夢へ近づいている。それなのに、あなただけは離れていく。この世界は象や亀が支えているというけれど、彼らは終わりのないシーソーゲームでもしているのだろうか。
そういえば、あなたと初めて出会ったのもこの電車の中だった。飲み込まれそうになったときはいつも、当然のように邂逅して引き止めてくれた。そうか、私が離れようとしているだけだったんだ。あなたはいつも、ここに居た。
「もし良かったら、一緒に行かないか?」
「私、ここを離れられないんです」
まるで、大切に組み上げた積み木を崩された子供のように、顔を歪めるあなた。窓の外に見える太平洋とは裏腹に、その顔は古いプラスチックのように滑らかで、太陽の光に淡く照らされている。太平洋が太陽の光から逃げようとするたびに、あなたの香りが鼻腔をくすぐる。爽やかな排ガスの香りだ。香りがあなたの周りをグリッチ、私の周りもグリッチ。誤りの訂正が行われる様子は、無い。
「夢の中ですから」
誤りだらけのこの場所で、誰かがぽつりと呟いた。