捕食ごっこ

後に残さないように、跡を残さないように。うなじにそろりと口を添え、舌で甘露を掬いとる。いつもと違った濃密な感覚に、体が蕩けて蒸発してしまいそうになる。

「今日は特別、暑かった、から

照れ隠しで紅葉に染まったその顔が、理性をどろりと溶かしていく。溶けてたゆたう私の理性は、吐息に混ざって外に出て、そのままどこかへ散っていく。

舌と肌が触れ合うたびに、私達の境目が消えていく。絡めた指を動かすたびに、体がぽうっと熱くなる。いつもは独りのこの場所が、杏子の匂いで満たされる。

杏子の吐息が熱を帯び、熱が鼓膜をたわませる。たわみに全てを支配され、全てを忘れてひたすらに、掬った甘露を掬いとる。舌を伝う温もりと、口に広がる芳香に、ただひたすらに流される。

やがてざりりと音がして、命の雫がにじみだす。雫が舌に攫われて、私の喉を潤わせる。けれども心の奥底は、こんなものでは満たされない。小麦と桜に彩られた首筋に、舌をただただ打ち付ける。血と汗と涎でごちゃまぜになった襟首に、心のヘドロが踊りだす。

ヘドロの臭いにつれられて、この温かなキャンバスを、冷たい牙で台無しにしたくなる。もし、杏子と同じ夜を過ごすことができるなら、何をしよう。そんな自分勝手な空想が、雨後の筍のように湧いては消える。

空想が空想を呼び、暴力的に私を襲う。なにもかにもが曖昧になり、体が欲望に支配される。

がぶり。

溢れる血潮と苦痛の声に、心の泥が噴火して、醜い野性がはしゃぎだす。杏子から熱が逃げていき、小麦は白磁に姿を変えて、犬牙は牙に成り果てる。そこに居るのは私と同じ、人から離れた闇のヒト。

杏子を眷属にしてしまったという後悔が、私の理性を呼び戻す。ごめんなさい、ごめんなさい。私の理性がそう叫ぶ。叫んだところで、温かな杏子はもう、戻ってこないのに。

「やっと、眷属にされちゃった」

醜い私の側で、杏子がそう、呟いた。