土手の魚

「我々の根気強い話し合いが身を結び、市民団体様にもご理解頂けまして、そのおかげもありまして、この地にも、我々の総合施設を建てる運びとなったわけでありまして

二束三文にもならない土地へ執着する老人たちと、私利私欲を蓄えることしか考えていない私企業の縄張り争いについて、うだつの上がらなさそうなサラリーマンがダラダラと話している。

大学の金で旅行に行き、ついでに老人の戯言について感想文を提出するだけで単位が取れる、そう聞いて取った講義の旅行先が、まさか私の故郷だとは思いもしなかった。去年の旅行先は温泉地だったらしいのに、今年から変更になったらしい。

同期がサークル活動やらなんやらでバラ色の学園生活を謳歌しているときに、私は帰省して一私企業のつまらないプロパガンダを聞いている。きっと、これは真面目に単位を取らなかった私への罰なんだろうな。こんなことになるなら、ちゃんと単位を取っておけばよかった。

「我々の施設は、現地住民の方の雇用も創出しておりまして、地域への貢献も出来ているものと信じておりますので

いまいち要領を得ない日本語と共に、「施設内で活躍するクルーたち」というキャプションのついた写真が映し出される。写真に映し出されるのは、張り付いた笑顔で接客するクルーたちの日常だ。

普段なら良くて流し見するような退屈な写真たち。その一つに、私は釘付けになった。■■だ。生気が耳から抜けきったような顔に騙されそうになったけれど、間違いない。

あの日、あの土手で別れてから、連絡が取れなかった。どこに行ったのか、なにをしているのか。その手掛かりすら、どうあがいても掴めなかった。もう、忘れようと思っていたのに、まさかこんな場所で出会えるなんて。

「写真を撮ってくださるほど、熱心に聞いてくださり、嬉しいかぎりでございまして

そんな社交辞令を言う余裕があるなら、早く話を終わらせてほしい。私の願いもかなわず、講義が終わったのは、終了予定を一時間ほど過ぎた頃だった。


蛍の光を聞きながら、写真を頼りに■■を探す。「地域最大級」と横断幕を掲げているだけあり、とても広い。そのくせ、同じような風景だけが続く。複雑に入り組んでいるわけではないのに、何があるのか、私がどこにいるのかすら分からなくなってしまう。綺麗な迷宮、そんな言葉が似あうこの施設を、いくらさまよっても、■■は見つからない。

この施設は、地獄を現世に再現しようとしたものなのだろうか、そんなことすら考えてしまう。

煌びやかな明かりの下で、衣服に囲まれながら光を吸い取り蠢く従業員たちの中に、■■はいた。あと数分遅ければ閉店時間で追い出されていたと思うと、見つけられたのは奇跡としか言いようがない。

どのような言葉をかけよう、向こうから声をかけてくれればな、なんて悩んでいると、■■の方から声をかけてきた。

「すぐに上がるから、あの土手で待っててくれると嬉しいな」

なけなしの生気をこめたその声は、私の心に、いやに響いた。


「あの土手」は、■■と別れたあの日と同じ姿で、私を出迎えてくれた。記憶の奥底にこびり付いて離れないあの日の思い出が、まるで水を得た魚のように私の脳内を駆け巡る。

「ごめんね、遅くなっちゃった」

土手の水に狂喜乱舞する魚たちが過労死しそうになったころ、■■は私の前に姿を現した。けれど、施設の中で見た■■とは違う。私の知っている■■とも少し違う。

「キミは変わらないね。私も、この町も変わっちゃったから。変わらないで居てくれるのは、なんだか嬉しい」

変わらないで居てくれて嬉しい、思いもしなかった言葉だった。私はなんと返せばいいのだろう。

「昔、この土手でよくおしゃべりしたよね。夜に家をこっそり抜け出してさ。二人だけのヒミツの星座を作ったりもしたよね」

■■が見つめる先には、施設の光で白みがかった空が広がっている。

「あの辺りにもう見えなくなっちゃったから、名前は思い出せないけれど。楽しかった」

「なら、どうして別れようって、言ったのよ」

絶対に言わないでおこうと決めていた言葉が口からこぼれ出る。これもきっと、私への罰なのだろう。楽をしようとした私への罰なのだ。

「私を攫って欲しいキミがいる、もっと明るいところに、さ」

「どうして

「星座を失くしてしまったから。だから、攫ってほしい、の」

そういえば、別れる時も強引だった。夜空も、この町も、そして■■も変わってしまったけれど、そこだけはあの頃と変わっていない。そして、私がその強引さに流されるのも、あの頃と同じだ。

もしかすると、この土手に泳ぐ魚だけは、変わらないのかもしれない。これまでも、そしてこれからも。